Career in America, DESERT LIFE

米国で半年無職からマーケティンマネージャーにたどり着くまで


早いことにアメリカに引っ越してきてから、もうすぐ2年が経とうとしています。半年間の苦しい無職期間、夫の会社の移転が決まり「腰掛け」で嫌々始めた3か月間のカスタマーサービス職、不安定なリモートワーク、そして今の会社でのマーケティングの仕事…. 色々ありすぎてあっと言う間の2年だったのですが、ここで改めてキャリアの振り返りをしてみたいと思います。少々長くなりますが、これからアメリカで働こうとしている人、もしくはなかなか自分の思うようなキャリアにたどり着けない人にとって、なんらかの参考になればと思い、今まで私が行ったことを、採用側の視点も踏まえてお届けできればと思っています。

なお、ビザのステータスや労働条件等は、日々変わっていますし、州によっても異なりますので、あくまでもご参考までに。

 

私のスペック

まず、私のスペックとアメリカに来た背景を簡単に。

  • 婚約者ビザ(K1)で入国→永住権にステータス変更
  • 渡米前のTOEIC SCORE: 945
  • 日本では、約5年外資系ファッションの会社にてマーケティングに従事
  • 大学生の時に1年間の交換留学

公式プロフィールとしては、「ビバリーヒルズ育ち」のカリフォルニアガールということになっていますが、(笑)帰国子女でもなんでもなく、日本育ちのジャパニーズです。2000年代に黄金期を迎えていた、Paris Hiltonに憧れ、彼女に会いたいという理由だけで(笑)、田舎の公立高校からカリフォルニア大学の提携校である都内の私大に入学しました。当時はカリフォルニア大学といえば、UCLAしか思いつかなかったので、てっきりそこに行けるものだと思っていたら、なぜかUCSD(University Of California, San Diego)に派遣されることに。サ、サンディエゴ?どこそれ?という感じでしたが、今の旦那さんとはそこで出会いました。留学中は、とにかく貧困に喘ぎましたが、学部生向けに公開されていたビジネススクールのクラスが素晴らしかったです。私のマーケティングの基礎は、すべてそこで学びました。

アメリカには、婚約者ビザ(K1)で入国し、永住権にステータス変更を行いました。アメリカで働きたいと思った時、一番ネックになるのはビザなので、この点については幸運だったと思います。技術者としてビザを会社にスポンサーしてもらっている人は、きっと私なんかの数百倍も努力されているはずなので、本当にすごいと思います。

私の英語力ですが、TOEICのスコアだけは良い方なのですが、マーケティングのフィールドでネイティブに勝てるはずがありません。日本にいたときも、外資系の会社で働いていましたが、英語の資料を読んだり、英語でレポートを作成したり、たまに本国から偉い人が来た時にアテンドする程度で、決してアメリカで働けるレベルではありませんでした。彼氏(現旦那)の実家にクリスマスパーティー等に呼ばれた時には、全く会話についていけず、嫌で嫌で仕方がありませんでした。

さてさて、こんなダメダメな私がこの2年でどう進化したか….以下に続きます。

 

発狂寸前!半年間の無職監禁生活

K1ビザで入国したので、何事もなければグリーンカードは普通に取得できるのですが、それでも平均して半年から1年は掛かります。その間、労働許可を申請することができ、労働許可さえ下りれば、米国人と同じように米国企業で働くことができます。また車の免許も労働許可があれば、取得可能です。しかし、逆を言えば労働許可が下りないと、車を運転することさえできない=ニューヨークやサンフランシスコのような都会でない限り、家から出ることすらできません!つまり、いくら労働許可が下りていても、通勤できなければ働くこともできず….労働許可自体は渡米4か月ほどで下りたのですが、車の免許がなかなか取れず、約6か月程無職監禁生活を強いられることに。ワークホリック気味の私は、仕事によってアイデンティティを確立していた側面があり、働いていない自分は価値のない人間のよう思えてしまい….文字通り発狂寸前。さらにストレス発散にジムに行くこともできなければ、預金通帳の残高は減っていく一方なので、ショッピングに行く気すら起きません。この2年間で一番辛い時期でした。

4回の実技試験の末(3回落ちて筆記からやり直した。3回目落ちた時には、試験管の前で泣いてしまった。ちなみに当時27歳(笑))、何とか一人で運転できるように。免許が取れる前にいくつか仕事に応募し、面接まで漕ぎつけたのですが、通勤できないという理由で面接を辞退せざるを得ないという悔しい経験もしました。

 

旦那の会社が急遽移転!腰掛のカスタマーサービス担当

車の免許が取れ、自由を手に入れた喜びに浮いていた矢先、旦那の会社がラスベガスに移転を発表!会社とともに引っ越すか、会社を辞めるかの二択を迫られた結果、ラスベガスに引っ越すことに。でもちょっと待って、私今就活中だよ?短期で雇ってくれる会社なんてないし、そもそもそんな短期間で辞めるなんて、私のキャリアに傷がつくじゃない?と旦那と大揉め。だからといって、働かずにあと3、4か月も過ごすなんて、精神的にも経済的にも限界だったので、就活を続行。雇ってくれる会社には申し訳ないと思いつつも、「腰掛」ポジションを探し始めました。そして、結局見つけた仕事がオンラインシューズリテーラーのカスタマーサービス係。同社は日本マーケットへの進出を開始したばかりで、日本語ができるカスタマーサービス係を探していたようです。もちろん、カスタマーサービスは、私がやりたい仕事ではありませんでしたが、とりあえずアメリカの会社で働くことに慣れるということを目標に、一生懸命取り組みました。福利厚生は充実していたし、会社の人はいい人ばかりだったので、とても楽しく過ごすことができました。そして、ついに引っ越しの時。「転居のため辞めなければならない」と恐る恐る上司に伝えたところ、意外な返事が!「Independent Contractorとして、リモートで働いて欲しい。」とのこと。この提案が凶と出るか吉と出るか…

 

フリーランスとしてリモートワーク

上司への答えはもちろん「YES!」ラスベガスで新しい仕事を見つけるまで、Independent Contractor、日本でいうフリーランスとしてラスベガスの自宅から今までと同じ仕事をすることになります。朝6時から働き始めて、午後2時にはお仕事終了!しかも、通期時間0分、パジャマにすっぴんでOkということで、最初の1週間はindependent Contractorの身分を謳歌していました。

が、しかし….Independent Contractorは、社員ではないので、健康保険は全て自腹だし、税金も全額自分で支払うことになります。アメリカの保険は質が悪いくせにバカ高いと悪名高いですが、本当にその通り。雇用を通して保険に入れない人は、自分で保険を探して加入をしなければならないのですが、最低プランでも$300/月くらいします。もちろん最低プランなので、控除額はほぼ0に近く、提携している病院も少ないです。オバマケアの一環で、保険に入らなければ罰金が科せられるので、最低プランでもいいからとにかく保険に入る必要がありました。

また、Independent Contractorは、労働時間ではなく、仕事の成果に対して対価が支払われます。よって、取引先(=以前働いていた会社)の仕事がなければ、当然仕事はもらえず、収入に直に影響します。当時は、閑散期ということもあり、仕事の量が徐々に減っていき、「こればやばいかも…」というレベルまで、お給料が減ってしまったうえに、経理担当とうまくやり取りができておらず、2か月近く給料が振り込まれませんでした!この時点は私、完全にブチ切れています。なので、早急にラスベガスで仕事を見つける必要がありました。

 

ラスベガスで職探し

サンディエゴからラスベガスに引っ越す際から薄々気が付いてはいたのですが、ラスベガスにはカジノ以外にこれといった目立った産業がありません。今回の仕事は、絶対に1年以上は続けたいし、マーケティングの仕事に戻りたいという強い思いがありました。また、せっかくアメリカにいるのだから、日系の会社ではなく、現地の会社というのが、私の中の条件でした。なので、余計に選択の幅は狭まります。ラスベガスは観光地としては大きいですが、ビジネスの街ではないので、マーケティング部門がある本社というのが、非常に少ないんんですよね。以下サイトを駆使して、職探しをすることになります。

  • LinkedIn
  • Indeed
  • Monster
  • Ziprecruiter
  • Ceber conder
  • Angel list
  • Google Jobs
  • Claigslist

LinkedInとIndeedはマストでチェックすべきサイトです。LinkedInのプロフィールをしっかり書いておくことは必須。現在私は、私の部署に関する採用に関わることがあるのですが、採用担当者はほぼ100%LinkedInを見ます。履歴書に書ききれないことをアピールするには、最適なツールですし、条件が合えば企業側から声を掛けることすらあります。LinkedInで求人を出すと、応募者だけでなく、応募要項に合いそうな人をLinkedInがおすすめしてきます。そのおすすめどうやって決まるかというと、当然ながらLinkedInのプロフィールの情報なんですね。

職種によって、チェックすべきサイトは異なってくると思います。特に、ディベロッパーだと、ディベロッパーに特化したサイトとか沢山あるようです。私はあまり詳しく知りませんが。スタートアップで働きたいなら、Angel Listが便利です。Google Jobsは、最近ローンチされたばかりの新しいサービスですが、Indeedで拾いきれてない情報を網羅しているので、チェックする価値はあります。

そして、最後にClaigslist。地元密着のPtoPサービスの先駆けで、未だに古き良きインターネット黎明期の香りが漂っていますが、地元の中小企業は未だに活発に活用しているようです。「1日で10万稼ぐ!」的な怪しい求人広告も沢山あるので、しっかり見極める必要はありますが。かくいう私も、今の仕事はClaigslistで発見したのでありました。

それからもう一つ。地域のビジネス団体に所属し、ネットワーキングイベントに参加するのも有効な手段の一つです。私がサンディエゴいたときは、「AD2」という広告業界に従事するヤングキャリア向けの団体所属し、プロボノ活動を通して、コネクションを作りました。求人サイトに掲載される前に、まずは身近なところで候補者を探す、というのもよくあるケースなので、同じ業界に知り合いを作っていて損はないです。

ラスベガスにもAD2があったので、何度かネットワーキングイベントに参加をしました。サンディエゴのAD2程活発ではないようなので、所属はしませんでしたが、イベントで出会った何人かとは、いまでもビジネス上の付き合いがあります。

やりがいの搾取!1年間の低賃金労働の末

Claigslistで見つけた求人に応募すると、とんとん拍子で面接が進み、採用のオファーを頂くことができました。ただし、提示されたお給料は私が希望していた額より低いものでした。が、一刻も早くIndependent Contractorから抜け出したいという焦りと、自分の英語力と新しい未知の市場/業界でのマーケティングを行うことに対して自信が持てなかったので、すぐさま承諾。今思うと、もっとじっくり他の会社も見るべきだったし、お給料に関しても交渉をするべきだったと反省しています。しかしながら、結果としてこの会社を選んで正解でした。小さな会社ですが、成長しているのを肌で感じることができます。

私が得意とすることは、戦略を立てたり、キャンペーンを考えたり、フレームワークを組んで実行していくことですが、小さな会社なので、すべて自分で実行をしなければなりません。マーケティングは、コミュニケーション能力が不可欠です。しゃべるだけでなく、コピーを書いたり、ブログの記事を編集したりと、圧倒的な英語力が必要です。入社当初は、何もかもが未知だったし、自分の能力に自信もなく、たくさん失敗もしました。が、急成長中の会社では、なりふり構っていられません。助けが必要な時は素直に助けを求めたし、分からないことは恥を捨てて何でも聞くように心がけました。

また、アメリカの雇用は「At will」と言い、雇用する側も雇用される側も正当な理由がなくても、いつでも解雇/離職することができるように定められています。実際に、今朝「おはよう」と挨拶を交わした同僚がその数時間後に解雇を言い渡され、午後には跡形もなく消えていたという経験が何度もありました。なので、できることを必死にやりました。アメリカでは、自分の業務以外のことをするな、と言う人もいますが、小さな会社やスタートアップでは、そんなことも言っていられないと思います。会社における自分の価値を少しでも上げるために、自分の仕事と関係がある業務やプロジェクトには、積極的に首を突っ込み、できる限りの貢献をしました。そして気づけば、日本で仕事をしたいたとき以上に、仕事を熟せるようになっていました。マーケティングだけでなく、UXデザインや、プロダクトマネジメント、そしてカスタマーサポートにまで手を出しています。仕事は最高に楽しい。でも、ちょっと待って。私の給料低すぎじゃない?

 

賃上げ交渉の末、$15,000アップを達成!

私は「仕事の報酬は仕事」タイプの人間なので、仕事さえ楽しければ多少お給料は低くてもいいかな、と思っています。ただし、アメリカの物価の上昇率はすさまじく、ラスベガスでさえ、家の値段は急上昇中です。我が家は、DINKS、つまり共働きで子供がいませんが、それでも家計は火の車状態。昇給なくしては、日常生活に影響が及んでしまうんです。サンフランシスコに住んでいる人は、いったいどうやって生活しているのか、想像すらつきません。また、仕事がうまくいかない時、お給料も少ないとなると、ぐれたくなってしまいますよね….で、ぐれました。2か月程ちょいちょい色々な会社に履歴書を送ってみたりしていました。でも、やっぱり今携わっているプロジェクトが楽しくてしかたがなかったので、入社1年をマークしたところで思い切って賃上げ交渉をすることにしました。人生初の賃上げ交渉です。

社長の機嫌が良いタイミングを見計らい、恐る恐る昇格と昇給を切り出す私。緊張し過ぎて支離滅裂。もはや英語になっていません。「私、この会社で働いて丁度1年なんだけど….これが雇われた際の職務内容、んでもってこっちが現在私がやっている職務内容。これに見合った額のお給料と、役職が欲しいんです….」(震)「んでいくら欲しいんだ?はっきり言ってみろ」と言われ、「$XX,XXX(現在のお給料から150%Upの額を提示)」を答える私。もちろん、150%upなんて無理だとわかっていたけど、カウンターオファーを出されることを見越して、あえて大きく出ました。予想通り、カウンターオファーを出されたましたが、実はもともとのターゲット額であったので、承諾しました。そして、マーケティングマネージャーのタイトルも。社長自身は、とっくの前から私のことはマーケティングマネージャーだと思っていたらしいですが、(組織図にもそう書いてあった)改めて正式にマーケティングマネージャーのタイトルも獲得。解雇されるんじゃないかと、ひやひやでしたが、賃上げ交渉は大成功!下記、私が賃上げ交渉のために行った準備です。

  • 現在の職務内容を全部洗いだし、雇われた時の職務内容と比較
  • ラスベガスにおける自分の仕事内容・役職の給料の平均・中央値を調べる
  • 1年間の成果を資料にまとめる

 

今後の目標

お給料も上がり、モチベーションMAXなわけですが、取り組まなくてはならない問題も山積みです。また、いつ解雇されるかわからないので、業務を通してはもちろん、プライベートな時間も使って、勉強し、スキルを身に着け、結果を出していくことが求められます。この一年は、グロースマーケティングに力を入れていきたいのと、UXデザインについて学びたいと思っています。そして来年にはさらなる昇給を…..(じゅるり)

 

最後に、この2年で学んだ、アメリカの企業で働くうえで大切な7つのポイントをまとめておきますね。

  • 英語より専門知識
  • 下手くそな英語でいいから、しっかり発言し、主張をすること
  • 分からないことは聞く、困ったときは助けを求める
  • 権利は主張する
  • 期待以上の成果を上げる
  • 成果は数字とともに記録をしておく。失敗した経験はなおさら。
  • ResumeとLinkedInのプロフィールは常に更新しておく

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